コラム Column

「渋谷」の名を冠したBリーグ1年目。本拠地・青学の体育館で何を得たか。

文:ミムラユウスケ
Yusuke Mimura

彼らには可能性がある。オリジナリティーがある。チーム名に渋谷という“街の名前”を冠しているからだ。

かつてNBAのニュージャージー・ネッツが2012年に本拠地を移転する際に、チーム名にはニューヨークという都市名ではなく、ニューヨークのブルックリン地区を採用し、ブルックリン・ネッツとなった。

そして、ブルックリンと命名したのは正解だった(競技面での成果はまだ出ていないが)。NBAに関わる人だって、バカではない。そこには入念な計画と準備があった。移転直後にはグッズやチケットの売り上げも一気に伸びている。

ロンドンのサッカークラブは「地区」の名前である。

バスケ界だけではない。大都市とスポーツというくくりで考えてみてもいい。イギリスの首都ロンドンには数多のサッカークラブがあるが、主要なチームが名乗るのは地区の名前。にもかかわらず、どこも非常に高い人気を博している。

そもそも、後進のチームが首都の名前を冠してもピンと来ない。しかも、千葉や神奈川を合わせた1都2県の人口は約3800万人で、世界の都市圏のなかで最大だ。そんななかで、「東京」を冠しても埋もれてしまう。

だから、「渋谷」という地区の名前をつけたのは大正解。これでアイデンティティーが出来る。

そんな彼らは、他にも日本のスポーツ界に新しい風を吹き込んでいる。プロチームとしては初めて、大学の施設を本拠地に戦うことになったのだ。

サンロッカーズ渋谷誕生は、苦肉の策だった。

「サンロッカーズ渋谷」誕生は、実は苦肉の策だった。クラブの練習場の体育館は柏市にあり、Jリーグの柏レイソルの本拠地・日立台に隣接している。ただ柏市からはアリーナに関しての支援を得られず、最終的に渋谷区の協力を得て青山学院大学の体育館を本拠地とすることになった。

それまで企業名の日立を冠していた実業団は、青山学院記念館という体育館をホームコートに、渋谷を代表するチームへ変わった。これはドラスティックな変化であり、昨年9月に開幕したBリーグのなかでも、最も変化が大きかったチームかもしれない。

「青学の体育館は作られてから50年以上たって、大学関係者でも色々調べてみないとわからないことがでてきました。たとえば体育館の耐荷重はどれくらいなのかを調べようとしても、資料を見つけるのは簡単ではなくて……」

そう語るのは、ゲームオペレーションを担当している岡田絵梨子だ。サンロッカーズの場合では、普段は学生が使っている青学の体育館を、試合の日に合わせてBリーグ用に準備し、演出を考えつつも事故なく試合を運営することが求められる。

渋谷区だけでなく港区の消防署、警察署とも協議。

岡田は高校時代に漫画『スラムダンク』とNBAにハマって渡米を決意。スポーツマネージメントを学び、NBAの下部リーグのインターンなども経験して日本で過去に3チームで働き、開幕前にサンロッカーズに来ることを決めた。

昨シーズンの試合を見て、Bリーグで最もやんちゃで機動力のあるマスコットのサンディーに衝撃を受け、チームに関わる人たちがバスケについて熱く語るところに惹かれたのが大きな理由だった。

7月に着任した岡田は、そこから目が回るような生活を送ることになった。50年以上も前に建てられた体育館の設計会社と構造を確認することもあった。体育館は渋谷区にあるのだが、体育館脇の小さな道のむこう側は港区。渋谷区だけではなく、港区の消防署や警察署とも協議した。

昨年10月1日に行なわれた富山グラウジーズ戦がホーム初戦だったが、文字通り開始直前まで準備に追われて、感慨にふける間もなく1日を終えた。帰宅してもビールで乾杯、などとはいかず、倒れ込むように眠りに落ちた。

1年目に関しては渋谷というハンデは大きかったが。

そんなサンロッカーズだが、Bリーグ初年度の観客動員では下から3番目の16位。ただ、前年比68.6%の増加幅は、上から3番目だ。

確かに、本拠地までのアクセスの良さはリーグ屈指だ。

しかし、それまでは柏と東京の2つを“漠然と”フランチャイズにしていた実業団チームだった。いきなり固定ファンをたくさん作れるわけもない。なおかつ初めて青学を使用することになったため、スタッフの労力は試合会場の運営体制づくりに1から取り組む作業へと割かざるを得なかった。

1年目に関しては、渋谷をホームにするメリット以上に、ハンデが大きかった。

しかし苦しい船出の中でも、2つの可能性が感じられた。

1つ目が昨シーズンまでロサンゼルス・レイカーズでプレーしていた、ロバート・サクレの獲得だ。

コービー・ブライアントとも一緒にプレーしていたサクレは、シーズン途中の1月に加入した。企業の部活動にルーツを持ち、地味だと見られがちだったチームは、サクレとともにプロチームとしての階段を登っていった。

入団会見から派手だった。会場は、渋谷駅から直結している渋谷ヒカリエ。さらに、サクレ加入以前から話題になっていた、かき氷式アイス『サクレ』を製造するフタバ食品とのコラボも同時に発表した。

同社は栃木県の企業ではあるが、「サクレ」がいるチームがブレックスと試合をするならと、マッチデースポンサーという形でブレックスとのホームゲームをサポートしてくれることになった。試合は当時のチームの最多動員記録を記録した。

青学出身の2人の主将と、ファンを鼓舞するサクレ。

もちろん、サクレ獲得の効果は営業面だけにとどまらない。

サンロッカーズの社長を務める岡博章には、忘れられない光景がある。岡は、チームの実業団時代に実際に選手としても活躍していた人物だ。社長の職にありながら、バスケットボール選手の気持ちがわかるからこそ、栃木との試合で見せたサクレの行動に心を打たれた。

「サクレがファンを鼓舞するために、客席にむかって両手で仰ぐような仕草をしましたよね? あれに心を打たれたんです。今のサンロッカーズの選手は、黙々とプレイしているようなイメージがある人も多いと思います」

サンロッカーズには伊藤駿と広瀬健太という2人のキャプテンがいる。くしくも、2人とも青学出身だ。ポイントガードの伊藤は、今シーズンはケガを抱えながら、強気なプレーを見せた。スモールフォワードの広瀬は、リーグのスティール王に輝くなど、地味な仕事に黙々と取り組んでいた。

「もちろん、そういう選手がチームには必要です。ただ誰かが頑張ったら、盛り上げて、チームを高揚させることも必要じゃないですか。大人しいチームに、サクレという明るいキャラクターが来たことは本当に大きかったです。その結果、シーズンが進むにつれてファンの方たちも声を出してくれたり、立ち上がって応援をしてくれるような人が増えましたから」

もちろん競技面でも、サクレがチームの守備とリバウンド面を強化して、一時は絶望的だったCS出場権を手にしたことは特筆すべきことだ。

アルバルク東京との渋谷ダービーに感じた可能性。

可能性を感じさせたもう1つの出来事が、渋谷ダービーだ。

渋谷ダービーとは、渋谷区にある代々木第二体育館をホームコートにするアルバルク東京との一戦だ。B1リーグで同じ街(両チームの場合は同じ区でもあるのだが)にホームコートがあるチーム同士のダービーはこのカードしかない。渋谷区観光協会のナイトアンバサダーを務めるZEEBRA氏もプライベートで観戦に訪れたほど。

そして、この試合の最も大きな意義はチーム史上最多のファンを集めたからだけではない。Bリーグのアリーナのなかで最も「狭さ」を感じさせる空間を作れたことにある。

普段は3500人程度が収容できるような座席配置をしているが、試合向けてはいつもより準備に1日、片づけに1日多く割くことで5000人を収容できるレイアウトにした。隣にいる人の声だけではなく、体温まで伝わってきそうな距離感。会場が狭いと感じるのは、アリーナスポーツでは最高の褒め言葉だ。これが一体感を演出してくれる。

「コートと客席、客席同士の距離、すべてが近かった」

試合の運営を担当する岡田はこう話す。

「SNSで『消防法に違反しているんじゃないのか』という意見があったのは、ショックだったんですけど……」

試合を行う前には、会場を消防署の担当者にチェックしてもらうことが必要だ。消防署は問題がないかどうかを事前にチェックして、問題があれば指導をする。ただ、渋谷ダービーの日もきちんと審査をパスした。

アメリカで現地の熱と空気に触れてきた岡田は、こう胸をはる。

「あの雰囲気は最高に良かったです! コートと客席、客席同士の距離、すべてが近かったじゃないですか。あの会場は他では出来ないことなので」

大学がプロの施設をホームタウンで使う幸福感。

試合はアルバルクに敗れたことで来シーズンへの宿題が残ったが、興味深かったのが、トイレに関する工夫だった。

普段は開放していない体育館近くのトイレを使えるようにしただけではなく、体育館内の女子トイレ内には係員を2人配置し、空いている個室へ案内した。個室のドアは空室なのかわからないという、女子トイレ特有の問題をクリアするためだった。

すでに臨場感抜群の会場だった。あとは余計なストレスを取り除けば、一度来た観客にまた来ようと思ってもらえる。立錐の余地もないくらいに人で埋まった会場を見ながら、岡田は幸せをかみしめていた。

「わたしは、日本の大学も出ていない。でも、青学に通い詰めて、学食でも食事をすることが増え、ひょっとしたら青学の方以上に体育館については詳しいことがあるかもしれなくて(笑)。それはなんか、不思議で。そして、大学がプロの施設をホームタウンで使うというのも日本で初めてじゃないですか。そこに携われることができたのはすごく幸せでしたよね」

日本代表の親善試合も青学の体育館で見られる。

日本ではじめて、大学の施設を使ってプロの興行ができるようになった意義は小さくない。7月29日と30日の日本代表の親善試合も、会場には青学が選ばれた。表参道駅から徒歩5分、渋谷駅から徒歩10分。そんなところで代表の試合が見られる。

その道を開いたのが、サンロッカーズと青山学院大学だったわけだ。

彼らは日本バスケットボール界には貢献した。では、渋谷の街に対してはどうだろうか。

もしかすると、1990年代ほど渋谷という街の洗練度、特別さはないのかもしれない。外国人観光客もスクランブル交差点で写真を撮ったあと、渋谷の街にはお金を落とさずに、他の街へ行ってしまうことが多いという問題もある。

でも、だからこそ面白いのだ。

渋谷には先進的な区長がいて、BUNKAMURAなど街の文化を作り上げてきた東急グループがある。サンロッカーズの支援企業もグループには含まれており、やれることはたくさんある。

渋谷を名乗ることになったのは、偶然の産物だったのかもしれない。

しかしそれゆえに、地区名を冠したチームというオリジナリティーも生まれた。それを生かすも殺すも、サンロッカーズに携わる者次第である。

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