コラム Column

「俺は老人ホームに来たんじゃない」31歳ルーニー、古巣復帰は美談か。

文:山中忍
Shinobu Yamanaka

7月9日、エバートンの公式アカウントによる「ウェルカム・ホーム(おかえりなさい)」とのツイートでウェイン・ルーニーの移籍が伝えられた。

翌日には、『サン』紙が「ドリーム・カム・トゥルー(夢が叶う)」ならぬ「DREAM COME ROO」と報じてもいたように、マンチェスター・ユナイテッドから古巣への復帰は喜ばしいニュースとして発信された。

入れ替わるように、ユナイテッドはエバートンからロメル・ルカクを獲得した。そのルカクにとって、24歳にして今回がプレミアで3度目の完全移籍であるように、ティーンエイジャーの青田買いや選手の短期移籍が当たり前の世界でもある。

その中で「心のクラブ」を持つ選手は貴重な存在だ。ルーニーにも、中国やアメリカで超高待遇が約束される道があったが、本人は年俸半減を承知でエバートンとの話をまとめるよう代理人に依頼。週に2000万円台を稼ぐ高給取りではあるが、『テレグラフ』紙などで「頭ではなく心で決めた」と讃えられる「帰郷」が実現している。

ユナイテッドにいても、心はエバートンだった。

ルーニーにも2004年にビッグクラブ入りを選んだ過去はある。今秋で32歳になるFWのハイライト集を作れば、2004年、堂々のCL戦ハットトリック・デビューから、2011年のマンチェスター・ダービーでの華麗かつ強烈で劇的なオーバーヘッドによる勝ち越しゴール、2013年リーグ優勝を決めた一戦での45mパスによるアシスト、そして今年、クラブの歴代最多得点記録を更新した完璧なFK……やはりユナイテッド時代が占める。

しかし、ルーニーは生粋の「エバトニアン」である。復帰に際してエバートンの公式チャンネルに告げた、「(ユナイテッドでの)13年間、ずっとエバートン仕様のパジャマを着て寝ていた」という告白を疑う者は地元のライバル、リバプールのサポーターぐらいだろう。

アーセナルの無敗記録に終止符を打った16歳の一撃。

ルーニーにとって幼少時代の憧れは、地元エバートンのヒーローたち。巨漢ストライカーとして鳴らしたダンカン・ファーガソンだけではなく、カルト的人気を得たウインガーのアンデシュ・リンパルもアイドルとして挙げたことがある。自身が息子を持つ立場になると、1歳頃の長男カイ君にエバートンのユニフォームを着せた写真をツイッターで公開している筋金入りだ。

「ウェイン・ルーニー」の名が世界のサッカー界に轟いたのは、エバートンでのユニフォーム姿だった。2002-2003シーズンの開幕当初、当時16歳のルーニーは相手サポーターから「誰だ、お前?」とのチャントでピッチに迎えられた。しかし10節アーセナル戦で目の覚めるような逆転のミドルを炸裂させ、リーグ戦で30試合無敗を続けていた強豪に黒星をつけたのだ。

11歳の時、ファン驚愕のループシュートを決めた。

エバートンの本拠地、グディソン・パークに集まるファンは、衝撃のデビューを果たす6年前からルーニーに強い愛着を覚えていたようだ。まだ彼が11歳のアカデミー所属選手の頃、リバプールとのマージーサイド・ダービーでマスコットボーイに選ばれた。選ばれた子供は試合前のウォームアップ中、自軍GKを相手にシュートを打たせてもらえる。

普通なら選手が気を使って弱々しいシュートでもゴールを決めさせて挙げる形になる。ところがルーニーは別物だった。ペナルティエリア付近でボールを持つと、いきなりGKの頭越しにループシュートを決める。2本目もチップキックでシュートを放ち、ボールを見送るネビル・サウスオールを苦笑させたのだった。

それだけに、エバートンを去られた際には裏切られたという気持ちが強かったのだろう。ユナイテッドの一員となったルーニーが初めてグディソン・パークに戻った'05年2月のFAカップ戦では、ブーイングがボールに触れる度に起こり、当時19歳の少年にはには残酷に思えた。その後のエバートン戦でルーニーが得点を決めるたび、胸にあるユナイテッドのエンブレムにキスをしていた。

地元ファンからはここ近年「いつ帰って来るんだ?」

だが、「心のクラブ」との絆は切れなかった。

ユース時代の頃からの恩師、D・ファーガソンの功労試合が行われた2015年8月のことだ。移籍後初めてエバートンの青いユニフォームに袖を通したルーニーは、ファンに温かく迎えられた。またこの1、2年は、実家を訪ねる度にエバートン・ファンから「戻って来るんだろう?」、「いつ帰って来るんだ?」と、クラブへの復帰を促されていたことを本人が明かしている。

そのエバートンに、今夏6人目の獲得選手として復帰を果たした。エバートンは昨年筆頭株主となったイラン系ビジネスマンの財力を手に入れ、サウサンプトンからロナルド・クーマン監督を引き抜いている。現体制2年目で上位進出を狙うチームには将来性高い20代前半の新顔が次々と加わった。それでも、地元ファンが最高に沸いた補強が31歳の「古顔」であったことは間違いない。

FW、トップ下、ボランチ……定位置確保は難しい?

もっとも、新戦力としてインパクトを残せなければ、復帰の「美談」が台無しになる可能性がある。現時点でもルーニーは13年前に引き抜かれた頃とは別人とする声がないわけではない。

正直、中立的な目で眺めてもレギュラーに返り咲く姿はなかなか見えてこない。エバートン首脳陣も、ルカクに代わる主得点源としての期待を寄せるほど盲目的であるはずがなく、オリビエ・ジルー、クリスティアン・ベンテケ、ウィルフリード・ボニーといったストライカー陣の名前が獲得候補に挙がり続けている。

ルーニーが希望しているトップ下も競争は厳しい。売却の噂があるロス・バークリーが去ったとしても、エバートンはクラーセンという成長期の後釜を入手済みだ。またFWながらアウトサイドでもプレーできるラミレス、膝の怪我からリハビリ中だがヤニク・ボラシーもいる。ユナイテッドでルーニーがコンバートされた中盤センターも、イドリサ・ゲイとモルガン・シュネイデルランのコンビが適任だろう。

移籍決定翌日、記者会見に臨んだクーマンはルーニーの起用法を「最も重要なのはポジションではなくクオリティだ」と説明している。チームには若手が多く、潜在能力は高いが勝者としての経験値が不足している。

だからこそシュート力と正確さ、キープ力、長短のパス能力と視野の広さ、そして何より主要タイトル11冠の優勝経験に裏付けされた勝負強さというルーニーの持ち味を便利に活用していく。

「俺は老人ホームにやって来たわけじゃない」

出場機会を求めた本人にとってはデメリットのようだが、実際にはメリットとなり得る。この点でも、戻るべくしてエバートンに戻ったと言えるのではないか?

ルーニーは、過去13年間で弱点となった感のある「万能性」を、心機一転で最大の武器とすることに努めれば良い。別人として2度目のデビュー・シーズンを戦うことができれば、「エバートンのルーニー」はまだ終わっていないと証明できる。

国内各紙、テレビのニュースでも「ホーム(故郷)」という言葉が繰り返された復帰直後、当人はきっぱりと言っている。

「俺は老人ホームにやって来たわけじゃない」と。

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