コラム Column

女子バレー荒木絵里香が語った覚悟。アスリートとして、1人の母として。

文:田中夕子
Yuko Tanaka

日に日に大きくなるお腹に手を当てながら、7年後に思いを馳せた。

「東京オリンピックの頃、この子は小学生だね」

2013年9月、'20年のオリンピック開催地が東京に決まった。

つわりや食欲不振に苦しむこともない、順調なマタニティライフを送りながら、自国開催の五輪に自分も何かしらの形で関わることができれば幸せだな。

あの頃の荒木絵里香は、そう思っていた。

'14年の1月に長女、和香ちゃんが誕生。出産後も競技を続けるとは決めていたので、産後も積極的に体を動かした。夜泣きする娘を、深夜、生中継された'14年ソチ五輪のフィギュアスケートを見ながらあやしてはスクワット。夫が帰宅し、娘が寝ている時間を見計らって近所をランニング。

競技復帰に向けて動き出した、とはいえ、アスリートと呼ぶには程遠い生活。あの頃はまだ、東京オリンピックはずっと遠くにあるものだった。

あれから、3年半。

ずっと遠くにあったはずの東京五輪は、もはや届かない場所にあるものではなく、目指すべき場所に変わった。

素直に嬉しい、と思う気持ちと、片隅にある迷い。

'17年3月、東京五輪に向けてスタートを切る全日本候補選手の中に、荒木も名を連ねた。'16年リオデジャネイロ五輪の直前に合流し、自身3度目となる五輪出場も果たしたが、当時はロンドンから引き続いて眞鍋政義監督が指揮を執り、木村沙織や迫田さおりなど、長年共にプレーした選手もいた。

まさか今年、新たな体制でスタートした全日本の中に、自分が選ばれるなど想像もしなかった。

素直に嬉しい、と思う気持ちと、片隅にある迷い。

スタートラインに立てる喜びと同じぐらい、本気で挑戦する以上、また合宿や遠征のたびに、母や夫、そして娘にも、大きな負担を背負わせるのではないか。

アスリートなんだから、トップを目指すのは当たり前。

躊躇する背中を押したのは、他ならぬ夫だった。

「アスリートなんだから、トップを目指すのは当たり前でしょ。全日本に呼んでもらえて、何で行かないの? そんなの悩むことじゃない。行くでしょ」

家族のバックアップを受け、再び全日本として五輪を目指す。

今季から就任した中田久美監督から「過去の経験や実績ではなく、今のリーグでの絵里香のパフォーマンスを見て(招集を)決めた」と言われたことも、心を奮い立たせた。

合宿がスタートした5月には合流せず、所属先のトヨタ車体クインシーズで練習を開始。トレーニングや走り込みから始め、ボール練習を始めてからも「何でもできたほうがいいんじゃないか」というコーチからの提案を受け、ミドルの練習だけでなく、レフトやライトに入り、サーブレシーブの練習もして、プレーの幅を広げた。

いつでも、どんな環境にも対応できるように、できることはする。準備の一環ではあったが、さまざまなポジションを経験することで「また違う楽しみがあった」と笑う。

リオ五輪で何もできなかった悔しさが今も。

コンディションを整え、万全な状態で全日本合宿に合流したのは、今季、チームが一番のターゲットとしていたアジア選手権の直前。「今までつくってきたものがあるので、邪魔にならないように、マイナスではなくプラスの存在になれるように心がけた」と言うが、荒木はチーム合流直後から存在感を発揮。8月にフィリピンで行われたアジア選手権でも4試合に出場し、スパイク、ブロックで勝利に貢献した。

最大のターゲットとしていた大会を制したことは確かに大きな喜びではあるが、荒木にはまた別の思いもあった。

「MB1とか、ハイブリッド6とか、私は直接その中にいたわけではないけれど、ミドルというポジションの人間からすれば、複雑に感じることもありました。でも実際にリオ五輪へ呼ばれても自分は何の役にも立てないどころか、何もできなかった。今思い出しても、悔しい。それは消えないですよね」

打数は増えてきた、まだまだまだまだですけど(笑)。

全日本女子にとって積年の課題であったミドルの攻撃力強化。

中田監督も就任直後から「いかにセッターがミドルを使えるか」を大きなポイントとして打ち出してきた。実際に試合中もセッターやミドルの選手に対してだけでなく、打数がサイドに偏っていると見れば「もっとミドルを使って行こう」と全体に共有させる。実際にアジア選手権ではセッターの佐藤美弥と冨永こよみが互いの長所を生かしながら、合流直後の荒木も積極的に使い、荒木自身も一定の手応えを得ることができた、と振り返る。

「2人ともすごくいい状態で使ってくれるので、自分は打つ前の準備さえしっかり意識してできていれば、あとは打ちたいところにトスが来る。極端な話、跳んで、腕を振ったら打っていた、みたいな感じ。前よりは打数も増えてきたのかな、って思います。まだまだ、まだまだまだまだですけど(笑)」

夜、一緒に寝られないのは寂しいけれど……。

宿で離ればなれの間、娘とは毎晩テレビ通話で顔を見ながら今日あった出来事を話すのが日課だ。荒木にとっては癒しの時なのだが、3歳になった娘にも自我が芽生え、最近は、少し傷つくこともある。

「おもちゃに夢中になっているフリをして無視するんです。一緒にいられないことが寂しいから、彼女なりの主張ですよね。そういう姿を見ると、すごく胸にグサッと刺さるんですけど、だからこそ中途半端なことはできない、ブレちゃいけない、って思うんです」

日本の女子バレーボール選手はまだ、出産後も第一線でプレーし続ける選手はほとんどいないのが現状で、荒木は確かに稀な存在ではある。だが、少し広い世界に目を向ければ、仕事をしながら子育てをし、毎日保育園に送り迎えをするたびに寂しさを感じたり、スポーツだけでなく音楽や芸能活動など時間も不規則な仕事で、荒木の合宿時のように離ればなれで過ごさなければならない親子もいる。

「自分だけが特別じゃない。夜、一緒に寝られないのは寂しいけれど、でもだからこそ、みんなが納得いく成果を残せるようにやろう、って決めています」

「あ、ママだ。負けないでね」と言ってくれる。

リオ五輪を終え、昨シーズンを最後に木村や迫田が引退を表明した。

「できることならば、いつまでもお互いを『ばばぁ』とからかいながら一緒に続けていたかったから、寂しいのは寂しい」と言いながらも、それぞれの人生は自分で決めるものであり、荒木にはまだ、アスリートとしてぶれない軸がある。

「軽々しくは言えないけれど、でも東京オリンピックは出たいです。今こうやってチャンスをもらって必要とされてここにいる限り、そこにチャンスがあるなら、挑戦したい。しっかりやって、家族も、和香も、みんなにちゃんと誇ってもらえるように頑張らないと」

9月5日からはブラジル、アメリカ、中国など世界の強豪国と対戦するワールドグランドチャンピオンズカップが開幕する。東京五輪へ向けた第一歩として、4年前は大きなお腹を抱えて、テレビで見ていた大会に荒木は再び日の丸をつけて臨む。

「娘もちゃんとわかるんですよ。テレビを見て、『あ、ママだ』って。『負けないでね』とか言ってくる(笑)」

負けるわけにはいかない。

自分にも、時折感じる寂しさにも。自らを奮い立たせ、荒木は再び日の丸をつけ、コートに立つ。

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