コラム Column

カズ、ラモスが今も醸す独特の空気。永井秀樹の引退試合は「今」のために。

文:海江田哲朗
Tetsuro Kaieda

声も、アイコンタクトさえもない。それでもパスは面白いようにつながった。

ラモス瑠偉がボールを止め、左にはたく。三浦知良は前にボールをつける、と見せかけてラモスにリターンパス。するっと抜け出してパスを受けた北澤豪が縦にドリブルを仕掛ける。中央にボールが戻され、ぴたっと足元に収めたのは永井秀樹だった。口元に微笑をたたえ、さて、どうやってゴール前を崩してやろうかと舌なめずりの顔だ。

8月14日、昨季をもって現役を退いた永井(東京ヴェルディユース監督兼GM補佐)の引退試合『OBRIGADO NAGAI』が味の素フィールド西が丘で開催された。

東京VのOBと現役選手で構成される「VERDY LEGENDS」(松木安太郎監督)と、その他Jクラブの往年の名選手を中心とする「J LEGENDS」(釜本邦茂監督)。永井は1993年のJリーグ発足時からプレーし、45歳までピッチに立ち続けた。この日実現した豪華メンバーによる夢の共演は、長く濃密なキャリアの為せる業と言える。

「自然にあの距離感とリズム、テンポが生まれる」

いわゆる花試合だ。激しいボディコンタクトはなく、存分に走れる選手は両チームとも限られる。だが、そこにはボールと人の幸福な関係があった。オールドファンの胸をくすぐる、西が丘に吹いた緑の黄金時代の風。「VERDY LEGENDS」が3−2で勝利を収め、永井は3回ゴールネットを揺らした。

「ラモスさんやカズさんなど、今回のメンバーが集まったのは二十数年前のヴェルディ川崎の頃以来です。一緒にプレーすることはありませんでしたが、久しぶりでも勝手にできちゃうんですよ。自然にあの距離感とリズム、テンポが生まれる。最後に、ヴェルディのすばらしさをもう一度確認できました」

そう語る永井は笑顔で、最後まで涙を見せなかった。

なぜ、現役選手をメンバーに入れたのか。

当日の朝、東京Vの現役選手のベテランGK柴崎貴広、永井の一番弟子を自負する澤井直人、若手のホープである井上潮音は「VERDY LEGENDS」のメンバー入りを知らされている。東京Vの正GKである柴崎は2日後に公式戦を控え、澤井と井上は故障を抱えておりプレーできる状態ではなかったが、会場にユニフォームが用意されていた。

「クラブの歴史を作ってきた人たちがどうやって試合に臨むのか。振る舞い方を僕らに見せたかったんだと思います」(澤井)

「昔のヴェルディがなぜ強かったのか。永井さんはそれを肌で感じてほしくて、ロッカーやベンチに入れてくれたんだと受け取りました」(井上)

ふたりは永井塾と称される居残り練習で基礎の重要性を叩き込まれ、公私にわたって永井の薫陶を受けてきた。

花試合でも、ラモスは本気で最高のプレーを求める。

日本サッカーのいにしえの地、西が丘のロッカールームは東京Vがホームとする味の素スタジアムの半分程度のスペースしかない。そこに一時代を築いた男たちが身を寄せ合うように座り、澤井や井上は隅っこに所在なくたたずむ。始めは和やかな空気だったのが、キックオフの時間が迫るにつれてピリッとしてきた。

「ラモスさんが怒っていました。『これからメインのゲームがあるというのに、前座試合(国見OB対帝京OB)で永井はいつまでやっているんだ。最高のプレーを披露するんじゃないのか』と。最初は冗談かなと思っていたんですが、だんだんガチの雰囲気に。根底にあるのは、この真剣さなんだなと」(澤井)

ミーティングでは、松木監督が説明するゲームプランを右から左へとやり過ごし、各々が自由闊達に言い合っていた。

「それぞれが自分の意見を持ち、躊躇なくぶつけ合っていたのが驚き。監督への向き合い方の面ではよいことかわかりませんが、やるのは選手なんだという強い責任を感じましたね」(井上)

澤井「あの日味わった雰囲気は一生もの」

選手入場の時間となり、ロッカールームで円陣を組む。気迫に満ちた声が室内に響きわたり、最後に永井が「今日はみんなありがとう。スタジアムに来てくれた人たちに、おれたちのプレーを見せてやろうぜ」と締めくくった。勇ましくロッカールームを出てゆく緑のシャツの背中を、澤井と井上は見送った。

これらすべてを永井は後進に受け渡し、思いを託そうとしたに違いない。若手を指導してきた総仕上げが、引退試合のサプライズプレゼントだった。

「あの日味わった雰囲気は一生もの。身にまとう特別なオーラは真似できるものではありませんが、少しでも近づいていきたい。この経験は絶対に無駄にはしません」(澤井)

「将来、チームの中心としてプレーするには、いまのままではダメだぞという永井さんからのメッセージだと思います。自分から発信し、引っ張っていける存在になりたい」(井上)

変わることと変わらないこと、両方の大切さ。

引退試合からおよそ2週間後、東京多摩フットボールセンター・南豊ヶ丘フィールドに永井の姿があった。炎天下、サングラスの奥から視線を送る先には、東京Vユースの選手たちがピッチを駆けている。

「あの日から心境の変化はさほどないですね。自分の最後の舞台というより、ヴェルディが一番強かった時代をはじめ、Jリーグの歴史を振り返ってもらい、たくさんの人たちが喜んでくれたみたいでよかったです」

永井は小さく笑う。

練習中、広い視野を確保するための身体の向きやサポートに入るタイミングなど、細かい部分の指摘に余念がなかった。

「こだわりは強いほうですから、1メートル、50センチのポジショニングを選手に要求します。目指すのは常に自分たちがボールを持ち、主導権を握るサッカーです。ユースのカテゴリーで勝つことが目的ではなく、世界で勝つためには何をすべきか。そのへんは海外に進出できなかった自分の悔しさを踏まえてやっていますよ。ほかのジャンルと同様に、昔結果の出たやり方が現在も通用するとは限らない。サッカーは常に進化していますので、先進的な手法も採り入れていく必要があります」

長きにわたった現役生活を通じ、変わることと変わらないこと、両方の大切さを知る人だ。指導者として歩み始めた永井の取り組みから、新たに萌芽するものを楽しみに待ちたい。

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