コラム Column

人を動かし、時に自ら打つセッター。冨永こよみは司令塔に定着するか。

文:米虫紀子
Noriko Yonemushi

9月10日まで開催されたバレーボールのワールドグランドチャンピオンズカップ2017(グラチャン)女子大会で、日本は2勝3敗の5位に終わった。強豪ブラジル、韓国には勝利したが、ロシア、アメリカとの接戦を落とし、中国には力の差を見せつけられた。

その中でも、今年初めてシーズンを通して全日本でトスを上げたセッターの冨永こよみの成長は収穫だった。

冨永は高校時代、名門・下北沢成徳高のエースだったが、卒業後、Vリーグのパイオニアでセッターに転向。パイオニアの廃部を経て、上尾に移籍した。

身長176cmは日本のセッターの中では長身だ。世界と戦うことを見据えての転向だったが、全日本では2009年のグラチャンに、当時の絶対的な司令塔・竹下佳江の控えとして出場したのみで、その後長らくチャンスは訪れなかった。今年はその時以来の国際大会出場となったが、コート内での振る舞いや表情は堂々としていて、何とも言えない包容力がある。

中田監督「たぶん私より負けず嫌い」

全日本の中田久美監督は7月のワールドグランプリで、冨永を起用した理由を聞かれてこう答えた。

「修正能力が非常に高いし、あとは彼女の人間性。非常に落ち着いて見えるし、周りの選手に与える影響が、チームにとってプラスに働いている」

冨永自身も「28歳という年齢もそうですし、怪我(アキレス腱断裂)もあったし、いろんな経験を積んでいるので、プレー以外の部分でもお手本になるようにと言われています」と語っていた。

それと同時に、中田監督が「たぶん私より負けず嫌い」と言うほどの闘志を内に秘めている。

アタッカーからセッターへの転向に潜む難しさ。

アタッカーからセッターへの転向には、技術面はもちろん、メンタル面の切り替えも必要だ。その両方をクリアしてトップレベルでプレーできるようになるのは並大抵のことではない。

「技術面で違うのはもちろんですが、気持ちの切り替えというのはすごく難しかった。アタッカーの時は、大きい声を出して喜びや悔しさなどの感情を表に出すプレースタイルでした。でもセッターは、冷静にチームや相手を見てどんな時も一喜一憂せず、感情を表に出さない必要があると思いました。

感情を内に秘めておかなきゃいけないというのは、すごくモヤモヤがありました。でもセッターを始めて5、6年してからはアタッカーを活かす面白さがわかってきましたし、自分のトスでアタッカーが輝いている姿を見て嬉しいという気持ちがすごく出てきました」

ラリーの流れの中でスパイクを打つシーンも。

一方で、元アタッカーであることを武器にもしている。日本の代表セッターで冨永ほどツーアタックを打つセッターはいなかったのではないか。今大会でも、特にロシア戦では10本のスパイクを打った。後半はツーアタックを読まれて相手に拾われることも多かったが、中田監督からはチャンスがあれば打っていいと言われているという。

また、冨永が前衛で、ラリー中に冨永が1本目のボールを触った時には、そのままライト側のスパイクの助走に入った。

「メインの攻撃としては考えていませんが、オプションとして。自分が攻撃に参加してトスを呼ぶことで、おとりというか、レフトへのブロックが少しでも遅れたらいいなと」

本人は“おとり”の意識だったが、2本目を上げるリベロの井上琴絵が実際に冨永にトスを上げる場面も何度かあり、これには少々驚いた様子だった。

「それで決められればいいんですが、やっぱり世界の強豪を相手に普段アタック練習をしていない選手が決めるのは難しいと思うので、武器にするためには練習しないといけないなと思います」

自分が人を動かす、という意識を取り戻して。

しかしそうした攻撃力よりもトスワークで魅せたのが、第3戦のブラジル戦だった。第2戦のロシア戦は攻撃が単調になったが、ブラジル戦では過去2戦でほとんど使わなかったパイプ攻撃(コート中央からのバックアタック)を使った。

「最初の2戦の反省として、パイプ攻撃を全然使っていなかったので、使いたいという話を特にスタメンの(石井)優希としていて、彼女もしっかり呼んでくれたので使うことができました。ロシア戦はレフトレフトになってブロックに捕まったので、そうなる前にバックアタックを見せれば少しでもブロックが割れるかなと思って。

ロシア戦では、アタッカーの気持ちや入り方に合わせようというのが一番になってしまって、自分が人を動かすんだという意識がなかった。それを(中田)久美さんに指摘されて、『セッターは人を使ったり動かしたりすることで、自分が活かされるんだから、もっと自分のやりたいことをやった方がいいよ』と言われました。今日はその意識を持ってやりました」

相手との駆け引きは、セッターの力量。

ブラジル戦ではサイドからスパイカーを少し中に切り込ませてブロックをかわすなど、積極的にスパイカーを動かした。

「いつも同じところからだとブロックがしっかり完成して相手が慣れてしまうので、少しでも相手が位置取りを迷うように。それに相手のサイドブロッカーがセッターを見ていて、こちらのサイドアタッカーが視野に入っていないケースが結構あるので、そういう時は有効です。

ただ相手はミドルブロッカーが高いから、ヘタに中に切り込ませると捕まるリスクもあるので、どのタイミングで、ミドルの攻撃をどういう風に入れながらサイドを切り込ませるかというのが難しいところ。そこはセッターの力量が問われるところかなと思います」

そう言って、司令塔としての責任感と充実感を漂わせた。

9mの幅と奥行きをフルに使って攻めるために。

ただ、翌日のアメリカ戦では第1セットを奪ったものの、アメリカの組織的なブロックとディグ(スパイクレシーブ)に対応できず、状況を打開できなかった。今大会を通して特にネックになったのが、前衛の攻撃が2枚のローテーション。そこはセッターというよりチームとしての課題だ。

今大会はセッター対角に新鍋理沙、アウトサイドの一方に内瀬戸真実が起用されるケースが多かった。大会のベストレシーバーに輝いた内瀬戸と、同じくサーブレシーブ力のある新鍋が入っていたことで、日本のサーブレシーブが大崩れすることはほとんどなかった。攻撃でも、小柄ながら巧みにブロックを利用して得点を重ねた。

ただ、彼女たちが後衛に回った時にバックアタックを使えなかった。野本梨佳や石井という攻撃的な選手が後衛にいても、バックアタックを活かせたとは言えない。そのためセッターが前衛の時の攻撃の選択肢があまりに少なかった。コートの9mの幅と奥行きを使った攻撃で相手に的を絞らせないために、ウイングスパイカーは後衛でも積極的に攻撃に入る意識を、セッターはバックアタックを有効に使う意識を、今後は高めていかなければいけない。

「冨永と佐藤で形になってきている」が競争は続く。

今大会は、得点力がありバックアタックも得意とするオポジットの長岡望悠や、アウトサイドの古賀紗理那が怪我のため出場できなかったことが響いた。

そこに加えて来年は、「もう1枚、サーブレシーブができて打ち切れる選手を補強する必要がある。黒後(愛)、井上(愛里沙)、そしてアンダーカテゴリーの選手も含めて考えたい」と中田監督は考えを明かした。

セッターについては、7月のワールドグランプリは3人でスタートしたが、宮下遥の怪我もあり、途中からは冨永と佐藤美弥の2人でチームの土台を作ってきた。

来年以降について中田監督は、「まだまだいろいろなセッターを見てみたい気はします。ただ、ここまで冨永と佐藤でいい形になってきているので、それも大事にしてあげたいなという思いもあります」と語った。

今大会でセッター賞を受賞した冨永は、少しはにかみながらこう話した。

「このような身の丈に合わない賞をいただいてしまって、申し訳ないというか、本当にもらっていいのかなという気持ちがあるんですけど、『この賞に見合うような選手になれ』と皆さんに言われているんだと思って、これを励みに頑張っていきたいと思います」

謙虚な中にも強い決意がにじんだ。所属チームの廃部や大怪我の試練を乗り越えてきた苦労人が、28歳にして巡ってきたチャンスをしっかりとつかもうとしている。

ナンバーオリジナル商品展開中

スポーツは読むと面白い!