コラム Column

クライファート愛弟子に横浜で直撃。マルティノス、Jリーグってどう?

文:井川洋一
Yoichi Igawa

マルク・オーフェルマルスやアリエン・ロッベンといった名ウイングを輩出してきたオランダ。そこで育ったサイドアタッカーがJリーグにもいる。

横浜F・マリノスで2年目のシーズンを送るクエンテン・マルティノスだ。

キュラソー出身の通称“マルちゃん”は、生後8カ月で家族とともにオランダ北部のレーワルデンへ移住し、幼少期はストリートで技術を磨いた。そして、U-16からU-18まではオランイェ(オランダ代表の愛称)の一員でもあった。

ピッチ上では独特の間合いの仕掛けで異彩を放ち、ピッチ外では気さくなキャラクターと笑顔で人気を集める26歳は、オランダからハンガリー、ルーマニアを経由して横浜にやってきた。そんな経験を持つ彼に、訊きたいことはたくさんある。日産フィールド小机に真夏が戻ってきたような9月中旬のある日、灼熱の太陽の下で鋭いシュートを何度もコーナーに撃ち込んでいたマルちゃんを訪ねた。

ルーマニアでは無給のまま半年とか本当にあったんだ。

──先週末の試合(川崎フロンターレ戦:0-3の敗北)は残念だったけど、気持ちは切り替えられているようだね。最後のシュート練習は圧巻だった。

「もちろん、フットボールでは常に勝利を収められるわけではないからね。僕自身はコンディションもいいし、次の大事な試合に向けてしっかり準備するだけさ」

──個人的に君のキャリアに興味があるんだけど、まずはルーマニアから日本に来た経緯を教えてくれるかな。

「ボトシャニというクラブでプレーしていたんだけど、あまり環境がよくなくてね。ヨーロッパリーグにも出場するようなクラブなのに、選手に給料が払われなかったり。日本人には想像できないかもしれないけど、本当の話なんだ。『今はお金がないから、来月まで待ってほしい』とスタッフに言われて、来月が再来月になり、気がつけば無給のまま半年が経っていた。最後にすべて払ってもらったから、僕はラッキーだったけどね。またそんな時に、マリノスに誘ってもらったんだから、僕は本当に幸運の持ち主だよ」

クライファートって、実はこんな人。

──オランダではアンダー世代の代表に選ばれていたけど、A代表は出生地のキュラソーを選択した。これについても聞かせてほしい。

「北部の地元クラブからヘーレンフェーンへ移って、そこで自分でも実感できるほど大きく成長できた。そしてU-16から代表に呼ばれるようになるんだけど、チームメイトはほとんどがアヤックスやPSV、フェイエノールトの選手。刺激的な日々だったよ。実は16歳だった当時、リバプールにも誘われたんだ。でも早くから国外に出ることにはリスクもあるし、僕は試合に出ることが大切だと考えていたから、それは断った。つまり、10代後半の頃は欧州でもそれなりに知られた存在だったんだ。でも18歳の時にひざに重傷を負ってしまって。厄介にも軟骨を損傷し、完治まで約2年もかかってしまったんだ」

──気の遠くなるような時間だ。

「精神的にも辛かったよ。2年間のブランクによって代表にも呼ばれなくなり、ルーマニアへの移籍は都落ちと捉えられた。そしてオランダ代表にはもう縁がないだろうと思い始めた頃、キュラソーから誘われたんだ。最初は迷ったけど、何度も熱心に説得してくれたから、引き受けることにした。今では代表の試合が楽しみで仕方がないけどね(笑)」

──キュラソー代表は一時期、あのパトリック・クライファートが指揮を執っていた。彼の指導はどうだった?

「多くのことを学んだよ。特に僕のようなアタッカーはね。時々、練習にも混じってくれたけど、あのクオリティーには驚いたよ。美しい立ち姿も健在だったし、指導にも説得力があった。それから、彼自身がキュラソーにルーツを持つこともあって、僕らの文化を尊重してくれた。

ある時、試合前日に選手たちが談笑していると、あるオランダ人コーチが『冗談をやめて、集中しなさい』と言ったことがあったけど、クライファートは『いいじゃないか。好きにさせよう』と理解してくれた。カリビアンは大音量で音楽を聴き、歌い、踊り、ジョークを飛ばしあってよく笑う。移動のバスはいつもお祭り騒ぎさ(笑)」

日本のパスワークや連携は見事だ。だけど……。

──楽しそうだね。では、君のように色々な国でフットボールをしてきた選手に、日本のリーグはどう映っている?

「競争力の高いリーグだと思うよ。特にパスワークや連携は見事だと思う。アジアの他国が見習おうとしているのもわかるよね。でもパスで崩すだけではなく、時にはファンタジーも必要だと僕は考えている。ひとりで仕掛けて相手の守備を1枚でも剥がすことができれば、チャンスは大きくなるわけだから。そしてお客さんを楽しませることもできる。でも、日本人選手には単独突破を好む選手が少ないから、僕がプレーできているのかもしれないけど」

──こうすれば、もっと良くなるだろうなって思うことはある?

「ちょっと走り過ぎかな。もちろん走ることはフットボールの基本だし、ハードワークは良いことなんだけど、もう少しクレバーに動けば、もっと良くなるんじゃないかな。ヨハン・クライフも『周囲と最適な距離を保って、連動することが重要だ』と言っていたしね。それから、ジムで筋肉を鍛える選手が少ない気がするな。ここでは筋肉系のトラブルが多い印象だけど、それは適切にトレーニングしておけば、防げることでもあるんだ。

あと、国外に挑戦しようとする選手が少ない気がする。あまり野心がないのか、現状に満足しているようで、ちょっともったいないと思うな。もちろん人それぞれだし、日本はとても居心地の良い国だから、どちらが正しいとは言わないけれど、せっかくプロになれたのなら、ひとつの国にとどまらずに様々な文化や生活を経験したほうが、人生は豊かになると僕は思う。人生は一度きりだから、僕はフットボールをツールにして世界を見て、チャレンジすることを選んだ」

──では、そのうちにまたどこかへ?

「実は昨シーズンが終わった頃、韓国行きの話があったんだ。でも僕は日本が大好きだから断ったよ。日本をもっと知りたいし、ここでもっと活躍したいからね」

この言葉に安心したサポーターも多いだろう。「日本のファンはすごく礼儀正しいよね。それは悪いことではないけど、もっと近づいてくれてもOKだよ」と言っていたので、機会があれば、いつもより少しだけ勇気を持って声をかけてもいいかもしれない。きっと素敵な笑顔で応じてくれるはずだ。

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